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追悼の詞を述べる、 加藤良輔日教組中央執行委員長 |
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第78回教育祭は10月27日(日)に挙行され、全国各地から750人が参列しました。今回は新たに24人が合葬され、合葬者の総数は27,221人となりました。
10時からはじまった祭典の冒頭、主催者を代表して加藤良輔日本教職員組合中央執行委員長が追悼の詞を述べました。その中で加藤委員長は、「子どもたちが主人公である学校、その成長を支援する教職員と保護者が手をつなぎ会い、共に学び共に支えあう教育を創りあげ、安心して生活し、学び続けられる生活環境・学習環境を整備することが私たちの使命だ」と強調し、教育関係者はもとより、すべてのおとなが協力し、助け合い、その実現にむけ、引き続き全力でとりくんでいくことを誓いました。
工藤義男さんの同僚の松村洋孝さんは、教職員を代表して追悼の詞を述べました。松村さんは、まず、学校内外の激務の中、教育に対する強い責任と情熱を抱いて、子どもたちのことを第一に考えながら寝る間も惜しんで日々邁進していた工藤さんの生前の様子を語りました。その上で、「あなたと時間をともにした教職員は、あなたが命と引き換えにまで大切にしようとした教育への熱い情熱を引継ぎました。私たちは教育現場において、教育という崇高な営みを通し、子どもたちの命を守るという最も大切な使命を決して忘れることなく、誰もがより安心し、安全に生活していける平和な日本を創り上げていくことを心から誓います」と述べました。
中学生時代に野球部の主将を務めた得能司さん(大学生)は、当時コーチであった柏原先生とのふれあいの中で、人生において大切なことをたくさん教えてもらい、「人間として大きく成長させてもらえました」と熱く語りました。また、常に感謝の気持ちを大切にし続ける柏原先生との出会いがきっかけで、現在、大学で教員をめざして勉強していることを報告し、「これからも先生に教えていただいたことを大切にしながら、必ず先生のように、生徒から感謝されるだけでなく、生徒に感謝できる先生になります」と、お別れの言葉を述べました。
最後に、村上勝正さんが遺族を代表して謝辞を述べました。東日本大震災時に、所属する南三陸教育事務所から防災庁舎に派遣され被災した村上宏規さんの父である村上勝正さんは、「多くの方々より心温まる追悼の詞を頂戴致しまして、遺族一同、深い悲しみの中ではありますが、感謝の気持ちで一杯です」と、遺族を代表して謝辞を述べました。その中で、結婚式の日取りも決まっていた宏規さんは現在も行方不明であるものの、34歳の誕生日を区切りに葬儀を行ったけれども埋葬はできず、「息子が帰ってくることを信じて待っていたい」と心の内を語りました。そして「遺族には、何年経っても語りつくせぬ思いや無念の思いが胸の中に渦巻いております。けれども、故人が残してくれた思い出やメッセージを心の拠り所として、しっかりと生きていきます」と述べました。 |