教育塔
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第83回教育祭は、

2018年10月28日(日)午前10時

から開催します。

由来
1934年9月21日朝、室戸台風が関西地方を襲いました。秒速60mという強風及び大高潮はあらゆる方面に大惨事を及ぼしました。学校においては始業の前後でもあり多数の木造校舎が倒壊し、教職員25人をはじめ600人を超す子どもたちが亡くなるなどの甚大な被害がありました。災害直後、大阪の教育界は二度とこのような惨事が起こらないことを願って、子ども、教職員を追悼し、その名を永くとどめるため、記念碑の建設を発議し、帝国教育会が臨時総会において記念塔を建設することを決定しました。全国の教育関係者はこの呼びかけにこたえ、児童、生徒、教職員、一般有志の方から32万円を超える寄付が寄せられ、大阪城公園に教育塔ができました。

1935年(昭和10年)9月地鎮祭、1936年(昭和11年)8月定礎式、1936年(昭和11年)10月30日に竣工の運びとなり、この日に第1回教育祭が行われました。以来、教育祭は例年10月末に挙行されてきました。

塔の建築には教育塔建設費に17万5千円、式典費、準備費等で合計32万円ほどがかかりました。公募により、塔の設計は島川精さん、塔の正面のレリーフは長谷川義起さんが選ばれました。

祭典は建設当時から神式あるいは仏式で行われていましたが、1948年、日本教育会(「帝国教育会」改称)が解散、日本教職員組合が塔の維持・管理と教育祭の主催を受け継いでからは、宗教色をなくすよう努め、現在は無宗教形式で行われています。1981年には、教育塔内正面の塔芯文「咸一其徳」(咸其の徳を一にす)から「やすらかに」に改め、塔芯裏の「説明文」を戦前調のものから現代風に改めました。1986年には「合祀」を「合葬(がっそう)」に、「祭主」を「主催者」に「奉納音楽」を「追悼音楽」に、献花中の音楽を「越天楽」から「葬送曲」に変更しました。

第50回(1985年)教育祭では180人が合葬され、特別合葬者の中には御巣鷹山での日航機墜落事故(1985年)の犠牲者41人が含まれています。

第60回(1995年)教育祭では、阪神・淡路大震災で自宅の倒壊や火災により亡くなった121人の特別合葬者を含む154人が合葬され、「教育塔説明掲示板」も全面的に書き改めました。

第70回(2005年)教育祭では、新潟県中越地震により亡くなった4人の特別合葬者を、第77回(2012年)、78回(2013年)、79回(2014年)の教育祭では東日本大震災の犠牲となられた51人の特別合葬者を含む方々を合葬しています。
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